ツアーレポート京都偉人編「伊藤若冲」

今回の主役は・・・伊藤若冲です!!

 2000年に開かれた京都国立博物館での展示では人気を博し、一躍京都でも注目を浴びる偉人となった伊藤若冲ですが、彼は今年で生誕300年を迎えました。 

今回のツアーは、若冲に焦点を当てながら、彼の生きた時代の四条派と呼ばれる画家たちのゆかりの地をめぐる、芸術の秋にふさわしいまち歩きコースです。

 

スタートは四条烏丸。

我らが晴れ男(?)ガイド辻井さんがガイディングを始めると、雨雲もみるみる去ってゆきました。なかなか幸先良いスタートです。 

まず向かったのは、与謝蕪村宅址。実は今年は若冲と同じく与謝蕪村も生誕300年になります。また、俳句で有名な蕪村ですが、晩年はここ京都で俳句を教えながら絵画で生計を立てていました。

同い年の2人が意外と近くに住んでいたという歴史を知って、感激しました。残念ながら2人の交流があったか否かの記録は出てきていないのだとか。

道中、何気なくある看板地図に着目。

ガイドの辻井さんからのこぼれ話があり、少し道草見学しました。

内容は参加した人だけのヒミツですが、京都の地図をひと度紐解けば、こんな歴史が見えてくるのかぁ、と感心。さすがです。

 

それから、幸野楳嶺生誕地址。

幸野楳嶺は、人を育てることにも長けており、一流の画家を多く育てたそうです。

続いて円山応挙宅址。

なんと観光客が賑わい行き交う四条通沿いにありました。

今や飲食店が入るビルとなっていましたが、きちんと応挙が生きた証がここに。

普段は気にも留めず通り過ぎていますが、応挙の説明を聞いた後なので、これから通る時は愛着がわきそうです。応挙は西洋画では当たり前となっていた遠近法を応用して写実をする画家でした。

応挙の絵は当時大変人気で、大名が彼の絵を持つことは一種のステータスとされていました。また、弟子には有名な呉春などがおり、呉春は元々画家として名が知られていましたが、応挙と出会ったことで絵に写実性を帯びてきます。とはいえ、今紹介しきれないほど当時は沢山の画家たちが四条も町に住んでいましたが、実は画家同士の交流は盛んではなかったようです。

では、今回の主役伊藤若冲の生家跡。

こんな感じになっています。

賑わう錦市場の片隅でひっそりと。若冲は市場の青物問屋の跡取りとして生まれ、40歳までは家業を継いでいました。

しかしながら、商いにはそれほど熱心ではなかったようです。

その後家業は弟に譲り、相国寺にて模写をしたり、庭に鶏を飼って写生したり、日々作品に取り組みます。ゴールは伊藤家が代々眠る宝厳寺。

先祖代々眠る伊藤家の菩提寺である宝厳寺には若冲の作品のいくつか保管されており、若冲の誕生日の前後に毎年特別公開されます。紅葉シーズンの京都は今日も沢山の人で賑わっていました。

大通りは行き交う人々は皆急ぎ足でしたが、ゆっくりと足を止めながら歴史散策でき、とても贅沢な時間になりました。

画家たちの生い立ちや生きた町を知ることで、彼らの作品を見た時、それぞれの時代背景などが垣間見えると、また一味違った鑑賞の楽しみ方もできると気づきました。

日本絵画に疎い私も十分楽しむことができたツアーとなりました。(N)